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「業について」

(平成8年3月5日講義録より)

健康創造の会のテーマは、『健康・幸福・成功・平和』です。
そして、それを実現するべく『息・食・動・想』という手段の自然法則を勉強する会です。
そこらへんのことは、去年、一昨年と詳しくやってきましたので、今年はそれを土台として先に進んでいこうと思います。

それにしても、我々は何気なく「息・食・動・想」(橋本敬三先生提唱)と言っていますが、このテーマは実に大きく広いものを含んでいるわけで、世にある健康法は全てその一分野に過ぎないと言っても過言ではないのです。例えば、呼吸法だけでもヨガの中では2千種以上あるといわれているし、健康体操や強健法も色々ありますが、すべて”動”の中に含まれてしまいます。

昨日もある患者さんに、「先生の勉強会では、どんなことをやっているのですか?・・・気ですか?」と質問されたのですが、「気と言われれば気ですけれど、それは勉強会の全休から見れば一部分でしかないですし・・・」と笞えるしかないのです。

同様に勉強会でやっていることは、「食事法ですか?」「呼吸法ですか?」「体操法ですか?」「心ですか?」と問われても、同じ様に答えるしかありません。我々はそれだけ大きなすごい分野を学んでいるということを、是非自覚しておいて戴きたいと思います。そしてこの一事を知っているということだけでも、素晴らしいことだと思うし、それをきっかけとして御自分をどんどん広げてくださることを期待 しています。

そしてさらに我々の目指す最大の目標は『活き活き生きる』ということです。
この勉強会の目的は「生き生き生きている」人が集まる“仲問つくり”です。

私は、以前より“仲間”という言葉にこだわってきました。敢えて”指導者”の立場ではないということは再三言ってきたことです。
何故かというと、たとえば今日のお話しのテーマは『業(ごう)』についてです。
話の内容は聞いて戴ければわかると思うのですが、それについて立派な話は出来るし・・・今日も勿論するつもり・・・で頭ではわかっているのだけれど、それが出来ているかというと・・・??・・・でね、本当に皆さんの前に立って教えられる人間になるには、まだまだ時間がかかりそうだし、今の段階では、これから喋るような理想を皆で勉強しあって、お互い努力向上しましょうよという“仲間つくり”をしていきたいのです。ただ仲間といってもレベルがあります。低レベルでの仲間では意味がないのは勿論で、高いレベルの仲間としてお付き合いが出来ればと望んでおります。


さて『業』についてですが、今日は「いい業を創り合える仲間」、「悪い業を与え合わない仲間」ということで、話を進めていこうと思います。
ここで一つ断っておきますが、今日の話もひとつの“仮説”として聞いて戴きたいということです。「生き生き生きる」為の仮説なら、どんどん創ればいいし、元気が出ない仮説は創らなければいいのです。また良いと思った仮説でも不都合な点があれば、変更していけばいいと思います。
今日の『業』についても、私の頭の中で勝手に考え解釈している私流の『業』の考えだということを理解して聞いて戴きたく思います。 

では、『業』とは何かというと、先程辞書を調べてみたのですが、そこには、[身・口・意が行う善悪の行為。特に悪業。カルマ。また、前世の悪業の報い。]とありました。何だかよくわかりませんよね・・・。よく先祖の業などといいますが、今日はそれを抜きにして、『自分の創る業』として考えていきたいと思います。

私は『業』とは「“原因”と”結果”を合わせたもの」だと思っています。
物事には全て原因があって、結果としての現象があると言われています。
そこで、私は「原因」の方を「業をつくる」という言い方をし、「結果」の方を「業が出る」「業が消える」という言い方をしようと思います。

一週間程前、以前より治療に来ている一人の若い女性が自動車事故を起こしてしまったと落ち込んだ様子で来院しました。自動車どうしの事故でしたが、幸いお互い怪我も大したことはなかったのですが、車の損傷はひどかったようです。相手の方が少々悪いとはいえ、大変なショックはどうしようもありません。彼女は真面目でとてもいい子であまりにもかわいそうだったので、彼女に“潜在意識”の話しをしてあげました。

ザーッと潜在意識のことについて触れ、その潜在意識の中に“良いコト”も“悪いコト”も原因として全て含まれていて(異熟という)、それが結果として”良いコト”も“悪いコト”も出てくるということ。
そして事故ということは、当然悪い結果なのだけれど、事故という結果が出たということは、その元となる悪い原因も消え出たことになるのだから、潜在意識の方からみれば、それだけ浄化されたことになり、逆に喜ぶべきことかも知れないんだよ。と図解しながら説明しました。
そして、浄化された潜在意識をさらに浄化させる為に、(飯島貫実先生の)「よくなる よくなる ありがとさん」というマントラを、アファーメーションのごとく、どんどん唱えるといいよと教えてあげました。そうすれば、潜在意識が「よくなる」ということで満たされ、当然結果としての現象も「よくなる」ことしか出てこないようになるよと説明してあげました。

事故の経験は本当に辛いけれど、そのまま「辛い」「困った」とやっていれば、せっかく浄化された潜在意識に、またゴミを溜めていくことになります。彼女がその後、努力していてくれれば、うれしく思うのですが・・・。
この例はつまり、事故というものを通して『業が出る』『業が消える』ということの意味を理解してもらおうと引用しました。


で、先に進みますが、ちょっと変な話になりますが、これも例としてわかりやすいと思いますので引用します。
今日もお昼頃、以前の友人から電話がかかってきたのですが、実は3日程前にも一度かかって来たのです。その人とは3年程前、ある所で知り合ってしばらくの間、すごく気が合い、家族ぐるみで仲良くさせてもらっていたのですが、ある時ひょんなことから我々を裏切るようなずるいことをしたのです。私はその時「きたないな!」と思った。それから3年程縁がなくなっていたのですが、その人から「また遊びに行ってもいいですか」という電話だったのですけれど・・・・・・今日もその前も「そのうちにね!」とごまかしてしまいましたが、その電話がかかって来た時に、私は「イヤだな!」と思った。それがつまり『業』なのです。『業をつくった』ということです。それも悪い方の『業』を・・・。その人のことを考えると3年前のイヤなことが色々思い出され、無意識に「イヤだな!」と思ってしまった。3日前も今日も・・・。


ここで原因(業をつくる)ということについて少々説明しましょう。
無能先生が若い頃、ある仏典を読んでいて、その中から『因依唯識』という言葉と出会い、その時警えようもない救いを感じたとおっしやっています。この意味は「原因はただ識(心)のみに依る」ということで、原因は行為ではなく心だということです。

無能先生は次のような例を出して説明されています。
ここに3人の殺人犯がいるとします。それぞれの心境は三者三様。
Aさんは「何て罪深きことをしてしまったのだろう」と悔い、大変悩んだ。
Bさんは「あいつが悪いのだから殺されて当り前だ」と思い、
Cさんは「あいつを殺した御陰で世の中が良くなった。俺は世の為に最高のことをした」と思ったとする。とくにAさんとCさんは対称的な正反対の想いを持った。ということはAさんはマイナスの因を潜在意識に入れ、Cさんはプラスの因を潜在意識の中に入れたことになります。
つまり『業をつくった』ということです。そして、Aさんはマイナスの報いを現象の結果として招き寄せるであろうし、Cさんは殺人という行為にかかわらず、プラスの良い結果を招くということです。

無能先生はさらに、もし殺人という行為が悪い原因となるとしたら、戦争へ行った兵隊さん達は皆、悪者になってしまう。しかし、彼等は御国の為、家族の為に立派に責任を果たしましたと満足して死んでいったということが、無能先生は救いだと言われました。そうでないと可愛そう過ぎると・・・。私も成程なあと思いました。

さて話を戻しましょう。“思い”が原因をつくり、業をつくるとしたら、「イヤだな!」という思いは私の中にマイナスの『業』をつくったいうことになります。


さて、私はよく勉強会の時間に遅刻しないようにと言います。勉強会でも治療でも、約束の時間に遅れてくると、私はやはり「イヤだな!」と思ってしまう。人間が出来ていればサラッと流せる?のだろうけれど・・・・・。そこでも私は『悪い業』を入れてしまう。生徒さんが100人もいれば話は別ですが、少人数でやっているのだし、程度の高い仲間づくりが目標の会なのだから、そこらへんは礼儀として是非キチッとしてほしいと思います。

もう一つ例を出すと、極端な話。トイレのスリッパ。
トイレを開けてスリッパが揃っていれば、「有難いな!」と思うし、めちゃくちゃになっていたら、「まったくしょうがねえな!(笑)」と思ってしまう。
心を大切にするということの大切さを考えれば、自分のささいな行為が無意識のうちに他人の『業』に影響していることに気がつかなくてはなりません。
トイレのスリッパを次の人の為に揃えて出てくるということは、次の人に『良い業』をつくる素晴らしい礼儀だと思います。
礼儀とは相手に良い業をつくることそのものだと思います。
だらしのないのは、やはりいけません。私が言う「良い業を与え合う仲間」「悪い業を与え合わない仲間」とは、このような意味です。つまり最低限の礼儀は守り、他の仲間に「イヤだな!」と思わせないような心遣いをサラッと自然に行なえる仲間なのです。

勉強会でやったことを、皆がちっとも覚えてこないと、やはり「イヤだな!」と思ってしまうし(笑)、そこらへんよろしくお願いしますね(笑)。
電車の中で、ガムなんかクチャクチャ音をたてて食べている人をよく見かけますが、やはり、いい感じを回りの人に与えないと思います。私など、すぐにその場所を移動しますね(笑)。そのようなささいな小さなことでも、無頓着にならないで、気を遣い合えるようでありたいと思います。
“気が利く”ということは、いかに相手に迷惑をかけないかということのような気がします。
 

話を先に進めていきましょう。
今日、一年振りに一人の女性が治療に来ました。
5年程前から1年に1回くらい来る人ですが、内臓が今にも下がりそうで、歩くのも困難だと言います。お医者さんにおどかされたのでしょうが、子宮等、骨盤内臓が下がって出てしまうと言うのです。5年程前から、同じことを繰り返し言っていて、今だに出ていないのだから大丈夫だと思うのですが、とにかく頑張るしかない!と励ますしか私には出来ません。その患者さんはノイローゼのように「マイッタ・困った・大変だ!」「どうしたらいい?」を繰り返し連発します。
その言葉は当然私も耳を通して聞くことになります。「御陰様で、よくなりました」などと言われれば、私も「ヨカッタナ!」と嬉しい気になりますが、このような愚痴等はやはり「イヤだな!」と思ってしまう。ここでも私は一つの『悪い業』をつくったと言えます。

最近思うのですが、治療師が長生き出来ないなんてよく耳にしますが、あれは患者さんの愚痴を沢山聞くことによって、知らず知らず悪い業が沢山溜まり、早く死んじゃうんじゃないかな(笑)などと考えています。だってほとんどが悪い言葉でしょ。治療していて、これは本当に危険だと思いますよ(笑)。
私も最近は、そんな業をつくらない為に、患者さんが何と言おうと、“生きているのだから、良かったじゃない!”と心の中で思うことにしています。それに当然、本人自体が『悪い業』をどんどんつくっていることに気が付かない。

私は、次のように思って治療しています。
病気や症状は結果として出たわけだから、『業の消えている姿』だと。返って良いことなんだと。せっかく『業』が消えて浄化されているのに、また次から次へと『悪い業』をつくるから、いつまでたっても病気が治らなかったりするのではないかと思う。
よく”輪廻転生”などといいますが、これはまさしく病気の“輪廻”のような気がします。

ここで、テキストの中村天風先生とカリアッパ聖者の会話を、2人に会話形式で読んでもらいましょうか・・・。(略・・・・・健康創造の会勉強会用テキスト参照)

我々はこの『業』となる心をうまくコントロールする為にどのような努力をすればいいのでしょうか? 今読んでもらった文にヒントがあると思います。

つまり、「痛い」とか「暑い」とか「寒い」ということは感覚の感じる事実だから言っていい。しかし、その後に続く言葉は、大抵「マイッタ!」とか「かったるい!」という意味が隠されている。それがいけない。
もし、「暑い」の後に、「元気が出る!」という言葉が続いたとしたらどうでしょう。「痛い」の後「大したことない。へっちゃらだ!」と言っていれば、『良い業』(原因)として蓄積され、それが『良い業』(結果)として出てくる・・・つまり病気が回復してくるということではないでしょうか。

私もこのようなことをもっと早く知っていれば良かったと本当にそう思います。知っていたとしても、今までそう真剣に考えなかった。大した苦労でもないけど、やはり修行時代、厳しい先生について「ヨシ!ガンバルゾ!」と思ってやっていればよかったけれど、朝から夜遅くまで「イヤだな!」と思いながら何年もやってきた。今考えても、とても大変だったことは確かだけれど、その為に私は自分の中に『悪い業』を一杯溜め込んできてしまったと思う。結果として精算しなければならないものも勿論あると思うけれど、それらに負けず“活き活き生きて”、今後は『業』を浄化することに意識していきたいと私自身思っています。
まあ、そういう仕事場での修行は勿論ですが、もしかしたら家庭や身近な人との関係などは、最大の修行の場なのかも知れません・・・・。

それからこのようなことを考えてくると、真面目な人や繊細の人の方が『悪い業』を溜めやすいという落とし穴があるということに気が付かなくてはいけないようにも思います。注意していただきたい部分です。私のことなどを例にして、いくつかお話ししてきましたが、今後の参考にしていただければと思います。

私は最近・・・やはり一つの仮説として・・・この『業』というもの、特に『悪業』は、身体のしこり(硬結)として表われる(蓄えられる)ような気がします。
そして、それが結果としての現象として”内”に出るか、“外”に出るかの違いとして表れてくるように思います。
“内”というのは病気、“外”というのは災難や事故等という意味です。
そして、そのような結果(現象)が出れば、そのしこりは消えていくようにも思います。風邪をうまく引いた後の背骨などをみると特にそう思います。新たに原因の『業』をつくらなければ・・・ですが。

だから私は、人の身体を診ながら、症状とか病気はその人の『業が消えていく姿』だからいいことだとみています。そして早く『業』が消えて経過してくれればいいなと診ています。
また、背中やお腹の硬さを診ながら、“こんなに業をこしらえちゃって!”(笑)とやっています。

患者さんには、そんなこと言いませんけどね。黙ってやっているけど、その硬いところを緩める治療こそ、私はその人の『業を消してあげている』ように思うのです。それこそ大変な施しをしてあげているのではないかと思っています。それを本人が原因を作っているという事実を無視して、「ちっとも治りゃあしない!」と言って次から次へとまた『悪い業』をつくるからいけない。

本当の治療とは、そのようなことをしっかり理解してもらって初めて治療するべきことではないかなと、最近とても思います。そんな意味で、このような秘伝公開?の勉強会をやって治療室を開放したり、テキストを作ったりしています。なかなか伝わりませんけどね・・・。
痛いところに電気をかけて「ハイ、いいですよ」というのとは、訳がちがうのです。
薬を飲んで「ハイ、終わり」とは違うのです。やはり、普段の生活の中にこそ一番大切なことがあると思うのです。


我々は、最初に言いましたが「息・食・動・想」という大変広いテーマを持っています。そのどれもが大切なのです。今日の話も、その“想”の中の一部分の話に過ぎないということを理解しておいてほしいと思います。つまり、この勉強会は『生き方』の研究会であります。

自分に『いい業』を与え、他人にも『いい業』を与えられるような『生き方』は一つの生き方として最高だと思います。
以上、色々述べてきましたが、我々は「悪い業を与え合わない仲間」つまり、礼儀に忠実であり、キチッとした一人一人がそれぞれの立場で頑張り、お互いに励まし合う仲間です。

しかし、このような勉強をしている仲間内では、それで通用するかも知れませんが、一歩外の世間に出ると、「イヤだな!」ということが多過ぎます。

そこで防御策として、“イヤな場面”や“困った場面”に出会ったら心して「イヤ・・・~・・・じゃないよ!」「困って・・・~・・・ないよ!」(笑)というふうに、マイナスの業をつくらないことが肝要に思います。また、「~よりましだ。良かったじゃない!」と意識を転換してしまうのも一法。

それに、いい業をつくる暗示をかける。先程の「よくなる よくなる ありがとさん」とか「健康 幸福 成功 平和」等々をやればいい。以前やりました六根(眼耳鼻舌身意)を調える“八正道”の実践も必要に思います。

しかし、人間生きていれば、完全に防御することは不可能でしょう。つい「イヤだな!」「マイったな!」とやってしまう。
先程、身体の中にしこりが出来るという話をしましたが、そうであればそのような時、身体を緩めればいいではありませんか。全身を揺するなんて、とてもいい体操だと思います。特にお腹には、「腹が立つ」とか「腹黒い」。怒ってばかりいると肝臓あたりに、「肝しゃく玉」が出来ると言われるように、『業』が溜まるようです。そしたら、おなかを緩めてあげればいい。マッサージでもいいし、愉気でも、腹式呼吸でも、みそぎの呼吸でも・・・去年皆やったことですので、出来る人は『業』を浄化する意味でもやってほしいと思います。そして、有難いことにお互いにどんどん施し合えるではないですか。私もやってほしいし・・・我々はそういう“仲間”なのです。

今日は『業』ということについて、自分なりに考えていることをお話しさせていただきましたが、これらの考えをただ聞いたということだけで済ますのでなく、是非各自が「良い業を作る」というテーマで工夫して、実践していただけたらと思います。


最後に我々が生きているこの時代というものを全体として考えても、ものすごい悪想念が渦巻き、それが『業』となって時代がある方向へ流れているように思います。
どう考えてみても、素晴らしい想念で満たされ、良い方向に進んでいるとは思われません。

競争したり、「アレが悪い」「コレが悪い」と突っ突き合い騒いでいるのは、まさに悪業を撒き散らしているように思えます。
時代はまさに分岐点にあると思います。我々一人一人が『業』というものを清め、一人一人のエネルギーを高めることに意識を向け努力することこそ急務のような気がします。
そこらへんは、1月に発行した「人間ばんざい第23号」に詳しく書いたつもりですので、もう一度読み直しておいて下さい。

そういう意味で、時代の流れからも我々は重大な勉強をしているということを意識して、良き仲間として手を取りあって、良い方向へ進んで行けるよう努力していきましょう。
要は一人一人の努力が肝要だと思います。

今日の話はこれで終わります。


 

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