「心育て」「体育て」


波動調整(2)

投稿日時:2014/02/14 20:02





前回に引き続き、「波動」ということについて書かせて頂きます。

加藤治療室のテーマは「波動調整」ということであり、また当院で開催されてきた勉強会でも、御参加下さった方には御理解頂けていると思いますが、「波動を調整する」ということを中心に行なってきました。

今回このテーマで書き始めたのも、少しでもこの考え方が一生懸命治病の為に通院して下さっている方の為になればという思いと、またこの文を読んで下さる御縁のある方達と共有も出来たらいいなあと思ったからです。
何回かに分けて書いていきますので、よろしくお願いします。


前回は、全てのものは微振動をしていて、それぞれ固有の振動波(波動)を持っているということを書きました。


で、今回は人間に特化して、「人間の波動」ということで考えてみたいと思います。

「あの人とは考え方が合う」とか、「あの人とは気が合わない」というのも、お互いの波長の性質が似通っているとか、その反対に似通っていないということもあるのだろうと思います。
「学校や会との相性」や「個人的な
好みの相性」また、「治療室との相性(良好ですよね)」というものまでも、波長の性質が多分に関係していると思います。


そう考えてみると、夫婦なんかは、お互いの波長が似通っていれば相性や好みも合い、協力し合えて良いのですが、もし波長が全く違っていたとしたら ・・・辛ッ・・・ このような場合は、お互いに波長を合わせるように努力するか、潔く逃げるか(ヒャ~)・・・のどちらかなのでしょうが、それについてはまた改めて書きたいことがありますので、ひとまず今回はその違いをもたらす、波長の差というか「波長のレベル」ということに焦点を当てて書いておきたいと思います。



まず、「波長のレベル」というものを、大きく2つに分けてみます。

それは、「粗い波長」「精妙な波長」です。

「粗い波長」とは、「振動があらく雑な波長」ということであり、
「精妙な波長」というのは、「振動が細かく静かで美しい波長」ということです。

また、「粗い波長」とは、「不平・不満・心配・恐れ・不安・怒り・憎しみ・文句・疑い・罪悪感・拒絶・・・」等のマイナス的な波長であり、
「精妙な波長」とは、「喜び・愛・感謝・幸せ・楽しい・嬉しい・誠実・希望・笑顔・清潔・満足・一体感・・・」などのプラスの波長です。



その2つの波長の間には、色々な段階のレベル(周波数の違い)がありますし、また個人でも、日々心の葛藤や喜怒哀楽の感情によって、そのレベルが上がったり下がったり変化しているのも事実でありますが、やはりその人独自の平均的な固有の波動というものを持っており、それがその人の人柄や雰囲気として醸し出されているのだと思います。
(さらにそれが「生命力」とか、「生命場」というものを作り出しているという話になってくるのですが、それについてはまた改めて書きます。)



今回の文で、一番示しておきたかった主題は、「波長のレベル(原因)の違いによって、その方向性の先の結果が決まってくる」ということです。

方向性の結果とはどういうことかというと・・・、

それは、「粗い波長」の方向の先には、「不幸」「病気」「争い」があり、
「精妙な波長」の方向の先には、「幸福」「健康」「平和」があるということです。

言葉を変えると、「粗い波長」の先には地獄が待っており、
「精妙な波長」の先には天国が待っているということです。


最近よく聞かれる言葉の中に、「世の中の波長が乱れている」ということがありますが、それは決して楽しく平和的なものではなく、文字通り乱れている世の中を暗示した言葉であり、戦争などは、その極地の状態であると言えます。

その反対に、私達にとって切実な「病気を治す」「健康になる」という清らかな方向は、「精妙な波長」の方向性にあるということです。
そこを私達はまずしっかりと理解しておくということが、大切になってくると思います。



さてここで、現実問題としてよく考えてみなくてはならないことは、多くの時間、私達はどちらの方向性を向き、望んでいるのか?ということです。

つまり私達は普段の生活の中で、「幸福」や「健康」の方向を望んでいるのか? 
反対に「不幸」や「難病」の方向を望んでいるのか?ということです。

ちょっとバカバカしい質問かと思われたかも知れませんが・・・、この答えは、幼稚園の子供全員に聞いても、歴然として一致していることでしょうね。


人間誰しもが「幸せ」や「健康」の方向を望み、心から希求しているのだと思います。
好き好んで「不幸」や「病気」を求めている人なんて、誰一人としていないはずです。


しかし、今一度「波長」ということを考慮して、よく考えてみて下さい。

「幸せ」や「健康」を求めながら、また「病気を治したい」と強く心に思い、希いながら・・・、いつも心配や恐れ、不安を持ち、感謝心もなく、イライラと不平・不満がいっぱいで、周りに怒り当たりちらしてばかりいたとしたら・・・そのような人から、出ている波動は病気が治る方向の「精妙な美しい波動」では決してなく、その反対である不幸や病気になる「粗く汚い波動」だということに、本人がはっきりと気付かなくてはいけないのではないでしょうか。

たとえ知らず知らずの内に不安に思ってしまったとしても、またこれだけ辛い思いをして絶えているのだから、心配したりイライラするのが当り前だと上手く言い訳したとしても、出ている波長は、「病気を治す方向とは逆の波動」だということが真実であり、決してごまかすことは出来ないのです。

それがたとえ真実から出てきた恐れであっても、また正義感から出てきた怒りだったとしても、過去の辛い思い出であったとしてもです。それはまぎれも無く地獄行きの「粗い波動」に違いないのですから・・・。


ゆえに、今、もし病や辛い思いをして苦しみ、そこから一刻も早く抜け出したいと願うのであれば、まず「”幸せ”や”健康”の方向を求めるんだ」という強い決心・覚悟をして、さらに「どんな場合でも、美しい波動を出し続ける努力をします」と宣言・約束をして、実行し続けることが最も大切なのではないでしょうか。

そう決心したなら、落ち込んでいる時間や、下を向いている時間なんかもったいないです。顔を上げ、胸を張り、波動を整えながら、堂々と進んでいこうではありませんか。


最後は少し力が入いってしまいましたが、その具体的な方法については、また次回書かせて頂きます。

今回は、「波動作り」についての方向性の大切さについて書かせて頂きました。


このブログでは図解をして説明するわけにもいかず、抽象的でわかりにくい部分もあるかと思いますが、もし、御質問・御感想などがありましたら、是非お聞かせ頂けたらと思います。意見の交流が出来ましたら有難いです。よろしくです。





前回のブログで、大雪の降りしきる中、子供達が「かまくらを作り始めました」と書きましたが、翌日完成した「かまくら」はコレです。
寒い中、外から聞こえる子供達の天使のような笑い声がとても心地良かったです。

翌日は、雪ダルマも作りました。

 



  


そして、雪景色の中、ご近所を散歩していたら、色々な芸術作品に出会えました。






                       (雪の中でも春はそこまで)



実は、今日も朝から一週間ぶりに雪が降り続き、とても寒い一日となりました。

夜は護身術教室の予定でしたが、安全の為、今日の稽古は中止とさせて頂きました。
残念

明日の朝は、また雪かきかな~?
    ・・・波動の乱れるような思いがフツフツと・・・(汗!)。 ヘヘッ






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